随想
          山は元気をくれる
小松 康秀
(高知市)
 
(171号掲載)


  そろそろ定年を迎える昭和53年頃、老後の生きがいとして、好きな登山を始めてみようと思い立った。
  在職中にも折々気の向くままに、方々の山へ登っていたので「まるっきり初心者ではない」との自負もあった。
  ちょうど、小学校の恩師三谷啓保先生が、「山と野原の会」(以下、山の会という)の会長をされていたので、その年に門をたたき入会。
  それから、今に至るまで、まる三十年間会員を続けている。
  その間、県内及び四国の山(四国百山を含む)はもちろん、全国の主たる山々を踏破した。
  富士山には二度登った。
  インパクトのある山として、北アルプスの槍ヶ岳・白馬岳を中心とする名峰の山々は、忘れがたいものがある。
  そのほか、北海道の大雪山系や、九州の山々も魅力的である。ちょっと変わったところでは、神戸市の須磨海岸から、歌劇のメッカ宝塚市までの都会の山、六甲山系56kmを二日間かけて縦走した。
  とりわけ印象の残る山として、大峰山は奈良時代からの山伏修業の山として、厳しい戒律の山で、身も引き締まる思いがする。それに続く大台ケ原山は、原始林が茂り、そこから発する渓谷は、わが国屈指の峡谷美を現出している。
  私の登山回数は、延べ千回近くに及んだ。
  多岐にわたる山行の数々は、到底一言では語りつ.くせないのである。
  他方、「山の会」のお世話もさせてもらった。理事、副会長21年、会長を8年間務め、平成16年度に辞任、現在は名誉会長となりやっと自由の身となった。
  平成7年度に「生涯スポーツ推進県民会議顕彰」(会長・高知県知事)を、山の会としては最初の個人受賞の光栄に浴した。(高知電友会会報124号H8.7.1掲載)次いで、平成10年度には、会創立30周年記念に、高知新聞社から、会員の執筆による「山と野原を歩く」を出版、その巻頭言を書いた。
  現在も「改訂版」が書店に並んでいる。また、「四国電友会会報第109号」(H12.1.1)にドキュメント・人生さまざま・後半生を生きる、「山歩きの同志達と共に励んだ21年」のテーマで、(窪田剛介編集委員)過分の紹介をくださっている。
  ちなみに、山の会の会員は、現在309人。
  ひところOB(NTT)の方々は24人も在籍していたが、現在は6人となった。
  ともあれ、同じ釜の飯を食したNTTの仲間プラス各界各層出身者で構成する山の会(延べ600人)各位との出会いは、私の生涯の宝だと、切にそう思う。
  同時に、最高齢者のひとりとなった今、「山こそ生きがいであり、元気をくれた」と、感じ入ってるこのごろである。

(中央アルプス)
H14.8.28宝剣岳にて