随想
          35年間ありがとう
窪田 剛介
(高知市)
 
(171号掲載)


  長い人生にはさまざまな転機があり、その都度悩んだり、苦しんだり、悲しんだり、時には喜びや勇気を与えてくれる場合もあります。
  私にもひとつの転機がやってきましたが、それはかなり悩ましいものでした。
  昨年暮れのある日、一通の案内状がきました。
  引き続き年が明けると間もなく、もう一つの案内状が屈きました。
  前者は「運転免許証更新のお知らせ」で、後者は「車検切れに伴う点検整備」の受検勧誘状でした。
  かねてより恐れていた?転機がいよいよ目前に迫ってきたわけです。
  実は、前回免許証更新の際、漠然と「これが最後になるかもしれない」という思いが浮かんだのは、いわゆる「高齢者ドライバー」の域に達したという自覚と、愛車もすでに超高齢という事情が重なったからに外なりません。
  だが、実際に転機を自覚し始めたのは、昨年に入ってからだが、決断をズルズルと引き延ばしてきたのは、人車ともに老齢化という以外に、決定的な動機が新たに発生しなかっただけの話でした。
  さて、年も明けて正月酒も醒めた頃、雑談の中で「糟糠の妻」に前述の事情を話したところ、これが案外強力なアドバイスが返ってきました。
  いわく「私は我家から車が消えてしまうことに抵抗感はないですよ。
  賛成したいくらいの気持です。長い間いろいろと車のお世話になりましたが、もはやその必要度が激減したし、ドライブなどさんざん楽しませて貰いましたので、もう未練はありません。
  それに狭い庭が少しでも広くなり、これから利用方法など考えたいですね」と。
  そこで「そうは言うてもいざというときは、マイカーがあるとないではえらい違いだよ」と言ってみたが、「そんな時は年寄りらしくバス・電車・タクシi等を利用すればよいでしょう。
  それに、ガソリンも高騰して、世間では大騒ぎしているじゃないですか」ときました。
  もはや反論の余地は殆どなく、車社会からの決別を決断したときは、一月も終わりに近くでした。
二月に入って間もない朝、ご近所の奥さんに、いつものご挨拶に加えて「相変わらずお元気そうですね」と声をかけられ、つい気を許して「いやあ、そうでもないですよ」に続いて謙遜のつもりで運転免許の更新をしない事をしゃべってしまいました。
 すると彼女いわく「まあ!お元気に見えるのに勿体ないですね。さぞお淋しいでしょうに」と更にお優しいお言葉を頂戴しました。
 しかし、決断は少しも緩むことなく後は車の処分をはじめとした実行に移るだけとなりました。
 3月に入ると、8日で車検切れに伴う車の処分、10日で免許証の失効などドライーにとっては寂しい現実が次々と通過していきました。
 さすがに長年お世話になった愛車を手放すときは胸が熱くなるのを抑えることができませんでした。ただ、失効した運転免許証は記念のため、手許に保存しておくこととしました。
 こうしてマイカi族から卒業して、まだ日も浅く、実感も薄いが「今後後悔することは一切ない」と言えば嘘になるでしょう。
 少しでも余力を残したままの決断でしたので尚更でしょうが、逆にできるだけ前向きの姿勢で、残り少ない人生を価値あるものにしたいものだと考えております。
 とは言え、何せ三十五年間のマイカi生活には、車に絡んだ思い出が一杯詰まっていることは間違いなく、自動車学校に通った頃から始まって走馬灯のように感慨がめぐることは、免許所有者の皆さんなら分かって頂けると思います。
 ただひとつ私の場合言えることは、一回の事故もなく終わることができた事は、誇るべきか、幸いと言うべきか、偶然なのか私自身明言はできませんが、非常に有難く、神様に感謝すべきかも知れません。
  そこで「35年間ありがとう」というタイトルが、誰に向かって言うわけでなく、自然に浮かんできたわけです。未練心などバチ当たりかも知れません。
  以上で私のささやかな体験談を終わりますが、どなた様もいつかは避けて通れぬ道ですので、その時は「アイツの言っていたことは本当だなあ」と少しでも共感していただければ幸いと念じつつ筆をおく次第です。