随想
ひとりごと
黒萩 明
  「ひとつの言葉」

 「四萬十川の青き流れを忘れめや」は大方出身の「上林暁」の文学碑の言葉。
 その妹徳弘睦子さんは随筆集「手織りの着物」で彼女と母、故郷との交わりを書いている。
 数年前の五月の晴れた日、二人の本を市民図書館で見つけた。
 パラパラと捲る中に、幡多の名が出てくる。
 大方、中村、四万十川、足摺岬、宿毛・・。
 光の中に踊る幡多弁に幡多出身の私は興味津々、二人の本を借りて帰って読んだ。
 上林暁が賞を貰った文学的価値は凡才の私には解るすべもないが、両者の私小説、随筆を読み進むにつれ、その会話、情景が遠い昔の記憶と重なり、懐かしく嬉しくてしょうがなかった。
 暁の「ちちははの記」も好きだが 特に睦子さんの随筆の「仕切書」の中にある一言が印象深い。
 兄暁の世話のため東京に行っていた彼女が母の訃報に急ぎ大方へと帰り、お棺を目にして悲しみを堪え切れず、思わず突っ伏す。
 その時「戻んたかえ」と声をかけられる。
 私も冠婚葬祭の帰省の度に手伝いの近所の人や親類に「まあ、あきらくん、戻んたかい、よう戻んたねえ」「戻んちきたかよ」と声を掛けられた。
 その後に続く祝いや悔やみの言葉、その言葉を思い出し不覚にも涙腺が緩んだのであった。
 故郷を離れた者にとって、誰でも経験のある言葉ではないだろうか。