随想
焼岳頂上にて、記念撮影。筆者とご夫人。
【焼岳頂上にて】
[安曇野] 地図の上には、「安曇野」という行政区分の表現はありません。大まかに言えば、南は長野県松本市隣接の豊科、穂高から北は白馬村までのエリアをさします。
 臼井吉見の長編小説「安曇野」が出版されてより、世に「認定」されたかたちでこの地域を「安曇野」と呼ばれるようになったといわれます。
 限られた言い方としては、穂高町の周辺を指して「安曇野」と書かれていたり、「安曇野アートライン」と言えば、豊科町・穂高町・池田町・松川村・大町市と白馬村を結ぶ地域に限定され、大小、数多くの美術館をはじめ、大自然を満喫しながら、「見る」「食べる」「遊ぶ」のエリアとして名高い観光地として注目される地域です。但し、JR等はこの辺一帯の駅名に「あずみ追分」「あずみ沓掛」等と安曇野の名を冠しています。
 要は漠然とした松本市の北側一帯を指しているように思います。北アルプスの峰々を背景に、豊かな水と緑に恵まれた1市(大町)・4町(豊科・穂高・池田・明科)6村(安曇・堀金・松川・白馬・梓川・三郷)のエリアを総称した呼び名です。
 春遅く白い雪をいただいた美しい峰々の山麓に広がる田園風景は、日本の原風景として懐かしく、そのうえ美しい。"行ってみたい所"、 "住んでみたい所"として上位にランクされるばかりではなく、全国の人々に親しまれ、気持ちの休まるところ、今流で言う"心の癒し"の場所として、超人気のスポットにもなっているところです。
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[大町市に住んで] 妻が退職の2年前から何度も下見に訪れ、JR大糸線の各駅を次々と下車をしながら、最もロケーションの良い場所を探したのだと言います。そして最終的に惚れ込んで決めたのが、ここ信州北アルプス後立山連峰のふもと、古くからアルピニストに親しまれた大町市でした。安曇野に住むことは、かねてより私共のささやかな「老後の夢」であったのです。
 安曇野での生活を始めたのが、妻も退職した3年前の春からです。この安曇野の中程よりやや北に位置したところに我が住みか「岳の街大町市」があります。98年の冬期オリンピックのあった白馬まで車で20分、松本まで高速経由で35分、県都長野市まで50分程度と地理的にも恵まれています。また、近隣の観光・登山を基準にみると、上高地まで2時間弱、美ケ原まで1時間、軽井沢には2時間。登山口の方は、爺ケ岳・鹿島槍ケ岳の扇沢出会には20分、燕岳の中房や白馬岳の猿倉も各々1時間程度。中央アルプスの駒ケ根まで2時間半、八ケ岳の美濃戸口まで2時間半、奥黒部への入口、新穂高温泉へは約2時間と非常に近く、信州の観光地や主だった山へ出かけるには便利な所といえるでしょう。
 そんな安曇野での生活も三度目の夏を終えて、去る年、11月末の帰高の直後、妻が交通事故に遭いました。思いがけないことでした。以来一年間、入院退院、その後のリハビリ一トレーニング等に付き合わされ強いられる羽目に陥ってしまいました。病人に振りまわされた…といっても過言ではない一年となりつつありますが、致し方のない事でしょう。
 高知・安曇野間を行ったり、来たり出来る私共にとっては、"転地療養"という面においては良かったかも知れません。
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[春] 信州は山国、雪も多く当然土地の人々は長い間、雪に閉ざされた日々の生活の中で、春の到来を待ち焦がれます。
 昨年は例年になく北ア(後立山連峰)の雪も少なくて、4月上旬には山肌が斑模様に見えるほどでした。安曇野の里は桜の花、桃の花、梨の花、花という花が一せいに咲き乱れます。その咲き方もやはり北国ならではのものでしょうか。
 里山の落葉松林に柔らかな芽が吹き、林檎の木が白い花を咲かす頃は、萌黄色の新芽が映えて、瑞々しい美しさに満ちあふれます。有名な更埴市の杏の花は、例年になく早く咲き散って、可憐な桜色の花を見ることができず残念でした。
 庭先の駐車場の傍らに、雪下しされた雪の塊がガチガチに凍っています。日に日に和らいでくる春の陽差しを浴びて、その塊がだんだんと小さく姿を変えて来るのもこの頃です。
 日本海に近い小谷村より、"塩の道ウオーク" "峠びらき"の案内状が届きました。どの市町村も"おらが村"のPRに懸命の努力を続けています。そんな一生懸命さに、ついつい心を動かされ、何度か参加をするうちに、数人の友人も出来ました。
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[初夏・夏] 安曇野に遅い春が訪れ、深い雪が徐々に雪解けするこの時季は、野や山に色とりどりの花が咲き乱れる初夏といえます。
 水芭蕉、スズラン、リュウキンカなど、山や川、湖や高原の多いこの地方では、南国土佐では見ることの出来ない珍しい花に出会えるのも愉しみの一つです。たまにスケッチブックを持って、あちこちに出かけますが先日は散歩の途中、道端で黄色の花"福寿草"を見つけました。「この花は寒峰や南天王に行かなければ見えない花なのに…」と妻が驚きの声をあげました。寒い国ではこの花が道端に咲いていても不思議ではないのです。屏風を立てたように連なる山々、後立山連峰が夏山の近くなった事をその色で告げています。
 毎日を近隣の温泉巡りで遇ごす。6月15日、山梨の入笠山湿原(1955m)にスズランの群生を、16日は栂池高原に水芭蕉の花を、また6月19日には気分転換のため、昇仙峡の観光等に連れ出しても効果は見えません。我が家から目前の爺ケ岳や鹿島槍ケ岳を眺めながら、体が辛いを連発し溜め息ばかりついている。精神的にもかなりの落ち込みようで、神経も病んでいるように見受けられます。
 新聞やタウン誌、行きつけの喫茶店などで情報を得ては車で走ってみるも一時凌ぎに過ぎなくて、困り果ててしまいました。そんな折り、当地の友人から県内上田市丸子町、鹿教湯温泉を紹介してもらい、湯治場へ転地療養に入ることにしました。昔ながらの湯治場で自炊をしながらの療養と聞いて不安に思いましたが、「もう一度山へ登りたい」一念で、必死に立直ろうとしている妻の心中を思い、やらせてみようと決心しました。
 朝に昼に夕に入る1ケ月に余る転地しての生活と温泉治療は、妻の体と心に効を奏したのか、徐々に快方に向かって、顔付きも明るくなって来ました。
 7月下旬、鹿教湯温泉での治療を一応切り上げ、自宅でのリハビリに努めるようになりました。自分がサポートし、近場の鷹狩山を少しずつ距離を延ばしながらのトレーニングです。
 このトレーニングは脚力の回復と心身のリフレッシュに大変効果があったように思います。北アルプスの山々を眺めながらの散歩を目課とする安曇野での日々は秋の終わりまで続きました。
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[秋] 安曇野の秋は足早にやってきます。路傍の萩の花が咲き、ススキが咲きはじめると、俄かに周辺の山々も秋の装いをはじめます。
 10月4日、恒例のように紅葉といえば涸沢カール(穂高岳の直下)の紅葉を見たいものと出かけました。妻の体調を気にしながら1泊2日の山旅です。ゆっくり、ゆつくり時間をかけて歩きます。例年のようにテント泊とはいきませんが、予想にたがわず素晴らしい紅葉を楽しむことが出来ました。
 何と言っても穂高・涸沢の紅葉は四国では到底見ることの出来ないスケールを誇っていて、一見の価値ありです。紅葉の時期は致し方もありませんが、泊まった涸沢ヒュッテはイモコギ状態で凄い人でした。
 この夏は何処の山にも出かけることが出来なかったので、秋の深まりと共に体調が少し回復出来た今、時間をかけてでも連れていってやりたい…そんな思いから「鏡平」への山行を決行しました。
 折しも槍ケ岳から縦走し下山してくる中川 啓夫妻を鏡平の小屋に待機合流して一泊、更に一緒に下山して新穂高温泉でまた一泊というものでした。色づきはじめたナナカマドの赤い実や草紅葉に囲まれた山上の鏡池。この場所は、槍ケ岳や穂高の峰々を水面に映す「逆さ槍」の撮れるビューポイントとしてカメラマン諸氏に人気の高いところです。
 いつ来てもここは別世界…。槍ケ岳につづく穂高岳の山々へ目を移しながら妻は感極まったのでしょう、肩を震わせ声を殺して泣いていました。この地(標高2400m)まで登りばかりの5時間、よくここまで回復してくれたものだと思います。「もう一度山へ登りたい」それのみを願っての妻の頑張りには凄まじいものがありました。「目標」を持つとこうも強くなれるものかと感じ入ったほどです。
 とにもかくにも、この1年を二人三脚で乗り越え、妻の健康を取り戻せたことに、安堵感と共に心の安らぎを覚えるこの頃です。「頸椎捻挫」の後遺症はいかんともしがたく、まだ当分は続きそうですが、妻のことですから、好きな山を気ままに登りつつ、徐々にその辛さもクリアーしてゆくことでしょう。私にとっても妻にとっても、今まで想像だにしなかった、重くて苦しい安曇野での半年間は、終わりに近づこうとしています。
 11月3日、松本市に住むNさんのお誘いで、昨年に続き地元のイベント「梓川村アップルウオーク」にでかけました。山やイベントの参加先で知り合った仲間が申し合わせて集いました。
 10`の道程を枝もたわわに、真っ赤に実ったリンゴ畑の間を縫うように、談笑しながら歩くのです。プ〜ンと甘酸っぱいリンゴの香りが鼻をつきます。収穫を待つだけとなった見渡すかぎりのリンゴ畑は、高知では見られない景色、やはり安曇野の風物詩といえましょう。子や孫達にも見せてやりたい景色の一つです。
 ウオークが済むと「リンゴおこわ」豚汁が振舞われます。そしていよいよ競技(マレットゴルフ・リンゴの積み上げや皮剥き・ソバの早食い競争・紙ヒコーキ・梓弓飛ばし)の開催です。近隣の村内外から個人やチームを組んで参加するのです。東京、神戸、名古屋など遠い所から参加する人達も少なくありません。村長はじめ村を挙げてのもてなしには敬意を表したいくらいです。数多くの景品は、地場産のリンゴや農産物が主なもので微笑ましく、最高の景品は村営の温泉宿宿泊券が貰えるというもので、会場はいやが上にも盛り上がります。その上、参加者全員に温泉入浴券を下さり、イベントの最終は温泉で仕上げを…といった具合です。
 11月も半ばになるとミゾレや雪に追われるように、リンゴ(ふじ)の収穫が一斉にはじまり、その作業は数日の間に終わってしまいます。
 安曇野のシンボル常念岳から吹き下ろす風は冷たく、ミゾレ、雪、それが根雪となり、長い冬の眠りへと移ろってゆきます。そして私共は高知への帰省の準備を心せわしくはじめるのです。
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 「安曇野漫歩」と銘を打ちながら、今年一年の妻との闘病、リハビリばかりを書いてしまいました。お許しください。
 丁度今頃は、安曇野のシンボル常念岳の雪を被った荘厳な雄姿が見えるばかりでなく、長野道の豊科インターを下り、100m程を右に折れた梓川の河畔に出ますと、北からの使者コハク鳥500羽余りが他の水鳥たちと戯れていることでしょう。
 さらに車で5分、大王のワサビ園、そこから歩いてでも5分程の穂高川の堤の上に、♪春は名のみの〜♪で知られる「早春賦」の歌碑もあります。
 安曇野は、名実共に美しいところです。是非とも一度訪ねてみて下さい。


   【雪景色】