お元気ですか・タイトル
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 知るを楽しむ
          
            
 念願であったシルクロードの旅も奈良から ローマまでほぼ完了し、空虚感に襲われ何か次の計画をと模索していました。その時、高知大学のオープンクラスで仏教美術に関する講義があり受講することとしました。
 仏教を美術の観点から考えるもので仏像の魅力等に関するものです。これを機会に仏像の名前と特徴を覚えてみようと決心したのが最初です。ところが、仏像の数は沢山あり、特徴も宗派や制作年代により異なります。最初はやみくもに覚えようとしたので煩雑になりまったく覚えられず、ついにこの計画は頓挫の憂き目になりました。
 その後、数年ぶりに興福寺の阿修羅(あしゅら)を観たとき、像の美しさを改めて知らされ、再度の挑戦を始めました。今度は少し科学的?に覚えることとし、まず仏像をグループ分けして、会社組織に当てはめます。重役は「如来」、部長は「菩薩」・・・そして社員は「諸尊」と分類します。そして厄介なのは仏像の名前ですが、これには符丁を付けて覚えます。
 この符丁はなるだけ自分の経験とか日常の風景とかを当てはめて作ります。この方式で再度挑戦し、かなりの好成績で覚えつつ現在に至っています。
 健康管理として毎日ウオーキングをしていますが、特に冬は北風が寒いので風の当らない四国35番清滝寺まで登ります。この登り道には沢山の「ミニ仏像」があり、覚えたばかりの仏像名を確認しながら登るのも記憶に役立ち、楽しみの一つになりました。
 TPPに反抗して、お米と野菜を作り自給自足の生活で元気に暮らしています。飲み友達にこの挑戦を披露したところ、そんなに覚えてどうすると言われるので、それは脳細胞の活性化だよ!。彼いわく、記憶力を訓練してもアルツハイマーが発症しないとは限らないよ!!う〜んただ新しい物事を知るのが楽しいだけですよ。
松田 満幸
(土佐市)


第203掲載
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 巡回点検で健康維持も
          
  後期高齢者の仲間入りをさせて貰ったのは、ついこの間のような気がするのに、指折り数えてみたら、はや9年が経っています。
 この頃の一年のなんと疾いこと!寄る年波に腰は曲がる、力はのうなる、つまづく、血圧はあがる、おまけに物忘れの方もどんどん進むばっかりで、老の坂道を転り落ちるような日々となっています。
 一方、生来の貧乏性でじーとしてようおらんたちから退職後に始めた病院・工場等の自家用電気設備の保安管理の業務もはや26年目を迎えてしまいました。受託事業所の受付や事務のおねえちゃん達の笑顔に元気を貰い、点検修理等で喜んでくれるオーナーさん達の笑顔に生きがいを覚えての毎日でしたが、このところは我の健康維持やボケ防止の方に、そのウェートが移ってきているような気がしています。
 それに「来れる間はやめずにずーと続けてきてや」のオーナーさん達の声に背中を押され、いまも巡回点検に車を走らせている今日この頃です。
 健康第一!会員の皆さま方のご健勝をお祈り申し上げます。
深田 久雄
 (いの町)

第203掲載
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 最近始めたこと
           
  昨年の春、気になる新聞の投稿があり切抜きまでしたのですが、そのままにしていました。暫くして、近所の知人が「高知おもちゃ病院」のドクターに参加している事を知りました。気になっていた投稿とは、おもちゃドクター養成講習会の案内でした。知人から秋口に2回目の講習会開催のチラシを貰いました。
 少し悩みましたが、思い切って参加しました。その講習会で、電友会の森沢会長と一緒になりました。
 現在「高知おもちゃ病院」は高知診療所と南国診療所があり30数名のドクターが所属しています。NTTOBを含め、いろんな経歴の方が参加されていますし、来院の方や修理に持参された玩具等、新しい出会いがあります。
 私はまだ、修理個数も少なく簡単そうな物しか修理出来ていませんが、視力の低下や震える手と闘いながら頑張っています。
 高知おもちゃ病院の詳細はホームページ検索してみてください。
島本 禮碩
(高知市)


第203掲載
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 人生これから  退職者の皆様お元気ですか。私は元気で一日一日を楽しく過ごしています。
 この三月で、高知電話局の運用課を退職して二十八年になります。
 高知市より大豊町に移住して八年目になります。月日の過ぎるのは早く気がつけば私も主人 も八十路。でも気持ちは若くもち、二人で健康のため野菜を少し作り楽しんでいます。
 田舎ですので娯楽も少なく、テレビが友達、二人共スポーツが好きなので、野球・大相撲・サッカー・マラソン・駅伝など〜 大声で 応援しながら見ています。
 二月十二日に、ひ孫が生まれ、ひ孫が四人になりました。ひばあちゃんはとっても幸せです。
 次に今居る場所は少し不便なので、子供、孫、ひ孫達の居る高知市へ今年中に帰る予定です。
 高齢になると、病院やスーパーなどがある所に。
 長々と書きましたが、皆様身体に気をつけて健康でお過ごし下さいネ。
 人生これから、私もまだまだがんばります。
田岡 博子
(大豊町)

第203掲載
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 パンとお菓子作り    過ぎた日は早いもので退職して二十年以上に成りました。その間色々な事が有り、自分も十数年前病気に成り半年程入院していましたが、退院後は大きく変化する事も無く今日に至っています。
 私の唯一の楽しみは三十年位前から趣味としているパンとお菓子作りです。たまに焼きあがったら知人を呼んでおしゃべりしながら楽しくお茶しています。三年前からは友人に誘ってもらって絵テガミ教室にも通っていますが、ハガキに書く言葉に四苦八苦しています。
 昨年からは、リハビリを兼ねて寝たきりにならない為にと思いプールに行って歩いています。
  病気を持っていても上手に付き合いながら、今出来る楽しい事を見付け頑張って行きたいと思います。  
 浜口 千里
(高知市)


第203掲載
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 ふるさと    ふるさと…何となつかしく甘美な余韻を残してくれるひびき。
 昭和十九年三月の大阪初空襲にあい、着のみ着のままで、命からがら父母のふるさと宿毛市芳奈靴抜きへ疎開したのは七歳の時、以来二十三歳まで、のどかな風景と人情に包まれて成長した。あの戦争の混乱期ゆえ、ご多分に洩れず極貧の暮らしだったが、ふり返ると生涯で一番楽しい豊かな日々だったように思う。
 阪神淡路大震災で、娘を亡くしたことは片時も頭を離れない悲しみである。でも人は生きなければならない…だから生かされて七十八歳の今日も歩み続けている。思えば今が一番しあわせな時かも知れない。独り暮らしも三年が過ぎた。夫にめぐり合ったことが、人生のすべてだったように思う。やさしくて、時には冷たい位に冷静な人だった。看取りもさせてくれず突然永訣…でも私は生きてきた。何故? 息子がいたから。その息子も、やがて人生の半ばにさしかかろうとしている。
 夫の最後の言葉通りに短気だけれどやさしい子だ。気がかりなのは独り身ということ。親子であっても、このことは余り深入りしないのがいいと思う。
 今の日常は、週に二回ケア・ハウスにゆき新しい多くの人達と幼稚園に居るような時間を過ごしている。輪投げ・しりとり・トランプ・おじゃみ・カラオケ…など結構楽しい。
 大阪→高知→宿毛→中村→高知→名古屋…といろんな土地に住んだが良い日々だったと思う。残る日々は少ないけれど、元気で一つでも新しい事をして、与えられた人生を全うして娘と夫、両親の居るだろうところへ旅立ちたいと願う  
 兵頭 宏美
(名古屋)


第203掲載
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