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奥田 仁美
(香南市)
第237掲載 |
退職して六ヶ月になろうとしています。
はじめは何か再就職とかなんて思っていました。
が毎日が忙しく時間に追われない事に慣れ山に旅行にと楽しく過ご しています。
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寺尾 康史
(高知市)
第237掲載
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「こうして天職に就くことになりました」
電友会1年生の寺尾康史です。
よろしくお願いします。
寄稿のお誘いを頂いたので、今までほとんど話す機会の無かった、 私のNTTへの道のりを紹介させて頂こうと思います。
それは、私が小学校1年生の時、折しも前回の大阪万博(1970年) が開催された年の秋から冬の事でした。
ある日通っていた小学校の長い廊下の両端に黒電話が1台づつ置か れました。
そして、ちょうど真ん中にある職員室前の水槽の横に、冷蔵庫ぐら いの大きな機械の入った箱も置かれました。
学校や先生からの説明は記憶にないのですが、その機械の正体は疑 似交換機。
「電話のつながる仕組み」を勉強するための小型自動交換機でし た。
廊下の端で友達にダイヤルを回してもらうと、透明な窓から中が覗 ける交換機で、アメンボの足のような、細いワイヤスプリングリレー がカシャカシャと歯切れの良い音を立てながら、ダイヤルを受信しま す。
桁数が揃うと反対側の電話機のベルが鳴って、受話器を上げると話 ができました。
大阪万博に連れて行ってもらう事ができなかった機械好きの小学生 の脳ミソには、メカニカルな仕組みとサウンドが強烈に突き刺さりま した。
小4年になって、木造校舎が取り壊されるまで、1日1回は電話機や 交換機を職員室前に触りに来ていたと思います。
一度夏休みに先生の許可をもらって、ドライバーで交換機の裏側や 内部がどうなっているのか見させてもらったのも覚えています。
残念ながら同窓会で皆に聞いても、誰も覚えていないのも面白いと ころです。
電車や機械が好きな普通の子供が、将来 まさか電話世界に進むこと など、周りの誰もが思いもしなかった筈ですが、当時 電電公社で当た り前のように行っていた「地域との連携」や共生が一人の人生の”道 しるべ”になっていった例かもしれません。
次回機会があれば、その後新生NTTへ入社するまでの事を書いてみ たいと思います。
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松田 久
(高知市)
第237掲載 |
電友会新会員の松田と申します。
新会員の近況等をと、事務局からご依頼があり寄稿させていただき ました。
平成31年3月に退職後、地域の防災士会等で皆さんに助けていただ きながら、活動に取り組んでいます。
また、小学校体育館を借用してのバドミントンサークルに2年前か ら参加させていただき、週一回(夜間2時間程度)の練習で息を切ら し、足をもつらせ、それでも楽しみながら、運動不足の解消に努めて います。
今後ともよろしくお願いします。
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宮本 明美
(高知市)
第237掲載
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退職をして早くも半年になります。
一緒に働いていた仲間達は元気でいるだろうかと時折思い出すこと があります。
懐かしい日々です。
今は新しい職場(某レストランのホール係)で思いっきり身体を動 かして働いています。
レストランのホール係といえば聞こえがいいのですが、実際は結構 大変でコップを割ったりコーヒーが間に合わなかったり、なんか《や らかして》反省ばかり。
それでも3ヶ月が過ぎ、なんとか役に立つようになった気がしま す。
わりとがむしゃらに働いて楽しんでいます。
仕事の他でも贅沢な趣味を持っているのでまだまだ元気に頑張りま す。
よろしくお願いします。
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村川 英樹
(南国市)
第237掲載
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近況報告(令和5年7月退職)
皆さん元気ですか。
私は35年務めたNTTを退職し、新たな職場として四国通建(今 治)でお世話になっております。
当初は、NTTと違った社風と単身赴任で苦労しましたが(してま すが)、今までの経験とスキルで少しずつ慣れ、新たな職場にも貢献 できつつあります(自己評価)。
これからも、新人の気持ちで初心忘れず謙虚に、日々努力し頑張っ ていきます。
また、仕事以外にも、50歳で復活したバイク。リターンライダー としてNTT時代から引続き、ソロキャンプツーリング等、色々と出かけております。
最近では、四国内は当然ですが、中国・九州地方へ足を延ばし、さ らに北海道も計画中で、少ない休日を満喫し楽しんでます。
最後に、これからは電友会の様々なイベントにも積極的に参加し、 皆さんと楽しく過ごせるよう考えおります。
今後ともよろしくお願いします。
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山下 敦
(高知市)
第237掲載 |
高知電友会の皆様初めまして、今年の夏は大変暑いですが皆さんお 変わりないでしょうか。
私は、仕事やプライベートともに忙しい思いをしながら、毛穴を全 開に開き汗を滝のように流れ落としながらなんとか頑張っています。
仕事面では、退職後、引き続き「ドコモCS四国高知支店NW部」 でお世話になって、日々基地局へ行って草刈りをしてから装置の点検 を行っています。
プライベートでは、大先輩方に大変お世話になり、一人には畑を借 りて家庭菜園みたいなことをしたり、もう一人には船を譲り受け秋か らの釣りに向け整備したりするところですが、両方とも暑すぎて計画 どおりに進んでいません。
暑さがましになれば、作物を植え、高知沖へ、高知県西部の磯へと 釣りに行って、孫に「ジィージ美味しかった」と言ってもらいたいで すが、「なんともかんとも腕が・・・」。
以上、よろしくお願いします。
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吉川 豊明
(香南市)
第237掲載
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今から42年前の昭和57年(1982年)7月高知電報電話局電力課に配 属され退職するまで高知県内で勤務してきました。
会社は民営化・改革などにより変遷が有りましたが平成4年(1992 年)12月NTTファシリティーズ分社に伴い転籍となり32年間勤めまし た。
現在は、縁あって日本メックス高知営業所でお世話になっておりま す。
今までは通信設備(主に電力設備)の保全作業に従事していましたが 現在は、建物関連の維持管理・修繕などでNTTビルに係わっておりま す。
電友会の会報は、退職された諸先輩方が生き生きとエンジョイして いる様子が見られ懐かしく見ています。
私も、趣味のスポーツ観戦や妻と旅行したり有意義な人生が送れる よう健康に留意しながらもう少し働きたいと思ってます。
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植田 英
(いの町)
第237掲載
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『私の宝もの』
私は53歳でNTTを希望退職しました。
職場は施設畑から営業畑へ、そして出向と多岐にわたりました。
特に印象に残っているのが営業部広報課で勤務した4年間です。
丁度その時期に、電話が開通して100年になるので、電話を育てて くれたお客様に、感謝の意を表す感謝イベントを提出するよう指示が ありました。
各県からいろんな企画が提出され実行されましたが、私はテレビの アナウンサー出身で絵本創作、宇宙のエッセイなどで活躍している楠 田枝里子さんを高知へ招いて、おしゃれなトークショーをしたいと提 案しました。
私は大の楠田さんのファンであり、身長170センチの容姿から発せ られる言葉は上品であり素晴らしく、また楠田さんは女性でありなが ら宇宙にも興味を示し、スペースシャトル打ち上げ失敗事故やチェル ノブイリ原発事故、ナスカ地上絵の謎に迫るレポートや本を出版する など活躍は多岐に広がり、彼女のトークを高知の女性に聞いていただ きたいと強く熱望しました。
彼女の来高を期待しておりましたが、突然彼女に身辺事故が起こり 来高の話は消えてしまったのです。
あきらめきれない私は彼女の心の傷が癒えるまで待つ。と再度の来 高を依頼しました。
半年後私の願いは実現しました。
楠田枝里子のおしゃれなトークショーは大成功裏に終わり、私はト ークショーが終わった楠田さんの前に「サインをお願いします」と、 楠田さんの著書7冊を目の前に積み上げました。
一瞬驚いた表情を見せた楠田さんは、笑みをたたえながら本に通常 のサインではなく、漢字で楠田枝里子と丁寧にサインしてくれまし た。
これが私の宝ものです。
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