空を飛び石段登りエレベータ
                         2012.10.29 深田久雄・黒岩靖夫 

NTT高知OB第7回親睦旅行を平成24年10月29日から別日までの3日間、会員とそのご家族54名(男性指名、女性26名、内ご夫婦7組)で小江戸「川越」「伊香保温泉」「東京スカイツリー」観光しました。
=川柳で綴るNTT高知OB親睦旅行記=
出発初日(挨拶したがあの人確だつけ)
 当日は真っ青な晴天の中に真綿をちぎったような雲がポッカリと浮かぶ絶好の旅行日和、高知龍馬空港に勢ぞろいした方々は空港ロビーで会員同志気さくで何気ない会話がひっきりなしに飛び交った。中には会釈されて見覚えがあるが名前を思い出せない人もあったのではないかと思います。
 そして全員がチェックイン。私はゲートで御用となった。金?ではなくてズボンのバンドの金具でした。バンドを外してOK、余った肉を再び詰め込み一件落着、とんだ所で猥嚢物陳列罪になりかかった。どなたか無音で通過できるバンド知りませんか。

 定員270名の飛行機はほぼ満席で空港を飛び立ち機上の人となった。急峻な山々や海岸線を鳥瞰図のように眺めながらH時20分限下に富士山が見え全員の歓声が上がった。そして無事羽田空港に到着。

 羽田エクセルホテル東急で昼食しバスで小江戸川越に到着、「江戸っ子」とかけて「するめ」と解く、こころは「アックリメェヨ」という謎懸けがあるが、川越まつり会館では1億2千万円の山車を見、川越蔵造り資料館、小江戸一番館、小江戸菓子屋横丁をブラブラ巡りました。
菓子屋横丁には昔懐かしい駄菓子が所狭しと並んでいて、孫の顔が浮かびました。そして一路伊香保温泉に向かいました。
車中のバスガイドが謎懸け問答のように「トイレ休憩希望者はサブチャンの歌『函館の人』と言って欲しい」とのこと、こころは「とってもガマンができない」どっかで使えそうなのでメモした。そしてトイレでは 「オバチャンに男女の区別ないトイレ」 の川柳どおり。
 道中では夕日に染められた富士山が車窓の左右と前方に眺められました。島崎藤村ではないが「伊香保路はすべて山の中である」伊香保温泉に到着すると茶褐色の温泉に入り夜の楽しみ宴会場へ。懐石料理にビール・酒を飲むほど酔うほどにカラオケのジュエットや踊りで大盛り上がり、「阜合u患わぬ人が鴫り鼓し」 の川柳そのものでした。そして2次会コースでは皆さん自慢ののど、私も「全員をイスから落とす僕の歌」を歌いました。創業明治元年の森秋旅館の静寂を破りました。
第2日目(滋魚を上り下りて手を谷わせ)
 朝5時起床、大浴場から露天風呂のハシゴ、露天風呂の蕩けむりが上州名物からっ風に吹きあげられて外気は寒いが湯の中は天国であった。
謎懸け問答にある、温泉とかけて欧州連合ととく、こころばいい湯(EU) だな.の気分でした。風呂からの帰途誰が落としたのか通路に男物のパンツが一枚と新聞が無造作に落ちていた。
清濁は確認していない。入口の宿泊者はドアを開けてびっくり仰天したのだろう。まさにミステリーかミステイクか。また、室内冷蔵庫に私物を閉じ込められた人、旅館からバス駐車場までの道中で迷子となり駐在所に駆け込むハプニングもあり、まさにトラベルはトラブルである。
 そしてバスに乗り30余りのカープで紅葉を眺めながらやがて榛名湖に到着、途中にメロディラインと称する道路上の凹凸の仕掛けは余りメロディを感じなかった。
 この潮は「湖畔の宿」の歌が生まれたところであるという。
 日本初2両連結式ゴンドラの榛名山口ープウェイで榛名富士に登った。赤城山や谷川連峰、日本アルプスまで見渡せるというがよく分からなかった。
 ビール気分で赤城の子守唄でも歌いたくなった。
 山頂のドウダンツツジの真紅が美しかった。
 その後少林山だるま寺を観光、数えきれないほどのだるま、全てが大願成就しての奉納ではないのは、だるまの目が塗り込められていないものもあるのでわかる。
 「どうしても曳きるダルマにくたびれる」という川柳もあるが人生七転八起、倒れてはいけない。
 棒 名 山
 
 そして銀座、ホテルモントレ銀座に到着、
チェ ックイン後3コースに分かれて観光した。私は浅草演芸ホールで寄席観劇し爆笑、先代江戸屋猫八の娘「まねき猫」の物真似を聞きやはり蛙の子は蛙だと感動した。芸の道を目指す年齢は、6歳の6月6日で小指が立つ日と言われている (指を数えると1から5そして6は小指を立てる)が、皆さんはいつから修行したのかと考えた。
 フリーコースは銀ブラの方もあったと思うが、語源は銀座の街をプラプラ歩くことではなくて、著名作家らが好んだ銀座にある喫茶店パウリスタでブラジルコーヒーを飲むことであるという。
今でもこの喫茶店は銀座8丁目の中央通り沿いにあるという。次回ご確認あれ。(編集委注‥ウリスタの創業者は、本県佐川町出身でブラジル移民の父と称せられる故・水野龍。当誌今号「頑張る仲間」で紹介している田中さんらが、功績を後世に伝える活動を続けている)
 観劇終了後ホテル近くの居酒屋(葉牡丹クラス) で約10名が本日の打ち上げをした。まずは冷奴を注文し 「世渡りの道はどうかと豆腐に聞けばまめで四角でやわらかに」 の都々逸を思い出し、ここでも盛り上がり「はとバス」コースで帝国ホテルのビール小瓶千円を飲んだ人はここのビールがうまいとのたまい、値段の落差に驚いていた。当日のお勘定はOB会屈指の大富豪?のおごりで「ごちそうさま」でした。
銀 座 
 
   ↑ 夜の銀座


             早朝の銀座通り→
第3日目(ロは極楽腹地獄)
 朝食はバイキング、日本人ならご飯とみそ汁そして梅干しが定番だが、沢山のおかずがある東京スカイツリーので、精がつく効能、「ごぼう5時間人参2時間卵たちまち山芋やたら」 を捜して1品ずつ少し取ったがついつい食いすぎて極楽と地獄を味わった。「食細くして命長かれ」の教訓を忘れていた。
 そしてスカイツリーに到着。ツリーの根元から見上げると山家育ちには鉢巻落としの杉ならぬスカイツリー、9時頃には人はまばらであったが、たちまち修学旅行生等で満杯となった。
とりあえず展望デッキに登り1回転して景色を見、スカイツリーカフェでコーヒーブレイク、そこで今朝の新聞を30分位広げた後、周囲を見渡すと芋を洗うような人人人に酔った、これはたまらんととりあえずトイレでマーキングをして天空回廊をあきらめて「すみだ水族館」に直行した。
 展望台から階段を降りる途中で外壁にへばりついて昇るゴンドラのガラス清掃の人たちを見かけた。建物は高いが賃金は低いのではと下世話な想像を巡らせた。水族館では大水槽の頭上で泳ぐサメやエイに心癒された。大きなウツボもエビ等の幼魚に口の中を掃除させる時は肉食のウツボでも大人しくジッとしているとのことである。
 スカイツリー
 
地上350mの展望デッキ 
 地上450mの展望デッキ 
スカイツリーの水族館 
 そして東京ソラマチで四国がはや恋しくなり讃岐うどんで腹を満たし、泉岳寺へ、特に堀部安兵衛に永く焼香した。


 泉岳寺へ
 そして再び羽田空港から帰途についた。搭乗時点は小雨であったが17時頃機上からの眺めの中に雲を突き破るように富士山がポッカリと顔を出し、噴火口までくっきりと見えた。往復の機上と地上でも富士山を見て、今回の旅行者には一富士二鷹三なすびの幸せが降り注いでいるのではと予感した。
 「旅は旅をしただけ人を成長させる」また「旅には新たな発見、人と人との触れ合いがある」といわれます。人生も旅ですが今後もお互いに旅をして想い出づくりをしましょう。