第15回 文化講演会 H26.12.10 高知電友会


  『戦後70年に考える高知の特攻』
元高知さんさんテレビ制作局長
講師:鍋島 康夫氏 

  第15回文化講演会(「NTT労組退職者の会」との共催)を12月9日高知商工会館にて開催しました。
長きにわたり報道関係に携われた鍋島康夫さんを講師に迎え、取材などを通じての経験豊富なお話に、参加した会員79名が耳を傾け、戦後70年にあたる平成27年の締めくくりにふさわしい講演となりました。
講演の内容を一部紹介させていただきます。
●「最初の特攻と最後の特攻」について
 74年前の12月(昭和16年12月8日)から3年8ヶ月に及んだ太平洋戦争の最終局面をむかえ、追い詰められた日本軍は約10ヶ月にわたって自爆戦法「特攻」を日常化させ、昭和19年10月特攻作戦に踏み切ることとなる。
  特攻に関する史実・通説とは異なり、最初に特攻した航空兵の中の一人は高知県黒潮町出身の若者であった。(その月25日フィリピンにて自爆、享年18歳)
 終戦の日8月15日にも特攻が行われた。その最後の特攻の中にも高知県香美市?藤出身の若者が神風特攻隊として出撃した(享年20歳)
 日本軍が日常化させていった特攻作戦で、およそ5800人が亡くなった。大変悲惨な出来事であり、忘れてはならない。
非情の戦法・特攻。生還を自ら断ち切った人間爆弾攻撃。その最初と最後を担ったのが高知の青年だったという事実を心に刻み「戦争と平和の問題を考えるきっかけにしてもらいたい」と強く訴えたい。
●「どうして戦争は起きたか」について
 「戦争」とは何か。辞書には「国家間で、互いに自国の意志を相手国に強制するために、武力を用いて争うこと」とある。
 人類は、ほ乳類の宿命であるかのように群れ同士の確執と闘争を繰り返してきた。
いつの時代も集団・地域・国家間の相互殺戮行為は絶えることはなかった。と、同時に、戦争回避のための工夫も諸々試みられてきたと思う。しかし、大量殺戮を可能とする核兵器・化学兵器・生物兵器など保有するに至った今日、地球的な規模で戦争回避のシステム構築をすることこそ喫緊の人類的課題である。
戦争へ駆り立てたのは誰なのか。〈加害者の立場〉として日本人として目をそらしてはならない。
〈被害者の立場〉でいうならば「なぜ、原爆は2つ投下されたのか?」早く日本を降伏させたかったとしても、何故2つなのか。広島にはウラン爆弾、長崎にはプルトニウム爆弾、違う型が投下された。
●「敗戦から70年、「日本国」の下での主な出来事」について(抜粋)
 GHQ占領統治・極東裁判・日本国憲法制定(昭20〜21)→サンフランシスコ講和条約・日米安保条約〜高度経済成長(昭30〜47)→沖縄返還・日中国交正常化→石油ショック〜バブル景気・崩壊=平成不況〜東日本震災・福島原発事故……。
●「近頃の動静」について
靖国を軸とした国家主義復活傾向、特定秘密保護法の制定、集団的自衛権の容認(解釈改憲拡大→違憲との主張も多い)〜憲法=国是改正への道を開くか? 極東アジアにおけるパワーバランスの変化など不安をかかえている今日である。
◎「戦後70年」にして、歴史の岐路、時代の転換点という実感が現実味を帯びてくる?
“青い鳥”は い・ず・こ・に?
という言葉を私たちに投げかけ、「今一度、戦争について、平和について、日本人として向き合ってほしい!」という講師のラストメッセージは参加者の心を熱くし閉講しました。
                                                                  (高橋慶子 記)